自分の夢や目標を実現する方法

世の中には、ポジティブ思考がよいとされる本の記述などがありますね。僕もよくそのような本を読んだり、セミナーを受けたりします。しかし本当に夢や目標を実現するのにポジティブ思考は必要でしょうか?

今日は、そのことについて考えてみたいと思います。

ポジティブな思考は実は周りが言っているように強力なものです。それは事実なのですが、これは他のことにも当てはまるのですが、使い方を知っている場合にはという限定的なものになります。ポジティブに無理になろうとして心が無理をしているのであれば、ポジティブはうまく効果を発揮するどころか良くない方向に向かってしまうことがあります。物事は自然な形に戻るようにできていますから、無理な場合には、その反動で逆に動くこともあるのです。

であれば、ポジティブというものをどのように使えばよいかという話になりますが、それは、ポジティブ思考だけでは成り立たないのかもしれません。例えば、自分がなりたいものになると言った信念のようなものが必要な気がするのです。それを表してくれているのが、素晴らしい成績を残しているスポーツ選手とか有名な人たちをみるとなんとなくわかるのではないでしょうか?

ポジティブ思考とは前向きに物事を捉えるだけではなく、全体的に自分のなりたい姿に近づくために、それを信じる思考といった捉え方をすると良いのかもしれません。自分のなりたいものになることができるとポジティブに考え、ではどうするかと言ったことは、ポジティブに自分に厳しく行動していくのがよいのではないかと思うのです。

使うところを間違えなければかなり強力に作用するポジティブな思考をあなたも使ってみませんか?

相手を理解しようと努めることーコミュニケーションの要素の1つー

今日は、今読んでいる本「クリティカル・トーキング」からコミュニケーションについて学んだことをお伝えしようと思います。

僕の中では、「自分は何も知らないんだ」という思いがすごくあります。これにはいろいろな意味がありますが、今回の場合には仕事に限定してお話しようと思います。他の人と一緒に仕事をしていると時々自分ではやらないような行動や発言が他の人がしたりすることがあると思います。それは良いことも悪いこともどちらもあると思うんですが、概して悪い場合には周りから非難の的になったりしますよね。ちょっと前にいた現場でもそのような方がいました。でも、個人的には、その人の生い立ちとかがわからないので、なぜそのような言動に繋がるのかわかりません。そこで僕は致し方ないなぁと思うのです。もし、自分の部下とか同僚であれば話をすると思います。それでもわからずに良い方向に導くことができないかなぁと思います。これが冒頭にいった「何も知らない」につながっているのです。だから、非難しない。というよりも何かがきっとそこにあるんだと思うのです。

そんな時、本を読んでいて書かれていたのは、自分が相手を理解するために相手に考えさせる質問をするということが書かれていました。昔読んだ本にもそのようなことが書かれていたと思うのですが、あまりピンと来てなかったのが現実です。今はそのときよりはわかる気がします。でも、読んでいて難しいなぁと思いました。

自分が理解するために相手に考えてもらってより自分のことを考えてもらうための質問をすることにより、熟考し答えることにより相手も考えてもいなかったことに意識を向けることができるようになりますし、質問をした自分にもある程度理解することができて全体的に良い方向に向かうことができるということです。

これを得られただけでもこの本を読んだ価値はあるかと思いますが、もう一度じっくり読みなおそうかと読み終わっていないのに考えてしまいました。ぜひ、このスキルを自分のものにしたいと思いました。

この本は、いずれ紹介できるようになると思いますので、その時にまた紹介させていただきます。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

 

感情という名の貨幣

僕は、少し記憶が置き換わってしまったのかもしれません。タイトルのあるように、感情というものを貨幣に置き換えたらどうなるのかという考えを持っています。

その基となったと思われる書籍を読み返してみたら、感情ではなく前向きな考えと否定的な考えという考えとか思考のことを貨幣に置き換えて説明してくれているものでした。それはそれで僕は好きな考えですし、そちらもあるのかなぁと思います。ただ、これをいうと単純なポジティブな思考が成功を生み出すという方向に話が向いてしまいそうです。個人的にポジティブな思考はいいこともある反面悪いところもあると思っています。なぜなら、心の状態から考えた場合に、マイナスに働かなければポジティブ思考も良いと思っているのです。この話は、長くなりそうなので、別の機会に話すことにします。

話を戻して、感情の貨幣化というものは、僕が思い違いをしていたものですが、なんとなくそうだろうなぁと思う考え方です。きちんと読んだことはないのですが、もしかしたら7つの習慣にそんな内容のものがあったかもしれません。

感情には、今までもお話してきたように良い感情と悪い感情というものがあります。それは自分と他人との関係から生まれるものもありますし、自分の閉じた思考の中で生じるものもあります。その感情を貨幣と考えるとあなたの銀行口座にはどれだけの感情が残っているのかと考えることができるのではないかと思うのです。良い感情を生み出した分だけ、感情口座には多くの残高が残っていることになります。これは、心の豊かさを表すもので、幸せなお金持ちになるには大切なことですし、物理的にお金がなくても幸せであるということが言える証拠なのだと思っています。

つまり、昔の日本では精神的に大人であり、世の中がどのようなものかが感覚的にわかっている人が多かったため、おもてなしとか分け合うとかそのようなことができていたと個人的には考えているのです。

対して今はどちらかというと精神的には成熟しているわけではなく未熟なものになってきているのではないかと危惧しています。世の中に起こってくる様々な事件や問題を見ているとすべてがそれで片付けられるわけではないですが、そのような気がしてくるのです。

そこで、僕は自分の中だけでもそうですし、他人との関係もそうですが、良い感情を生み出せるように生活を心がけてみたらどうかと提案してみたいのです。そして、自分の感情口座の残高を増やしていき、人生を豊かにしてみてはどうかと思うのです。

 

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お金持ちとは本当は何か

僕はお金持ちにとても興味があります。お金持ちの意味を追求したいと常々思っています。そのため、お金に関する本も何冊か読んできています。その中でも面白かったのが、ジェームス・スキナーさんの書かれた「お金の科学」です。僕は図解版を読んだのですが、考え方が思ったよりもぶっ飛んでいました。お金の科学ってどんなものをイメージしますか?僕はお金をどのように稼ぐかとかそういったことかとも思っていたのですが、予想に反していました。

この本で僕が得られたことは、お金ってただのものであるという当然のこと。そしてお金が存在していることはそこにみんなが共通の価値を持っているからということ。かといって生きていくのに本当にお金が必要かといえばそうではないということでした。

ん?待てよ。じゃあお金持ちってなんだ?ということになったんです。

僕の中での解釈は、「お金持ちはお金を持っている人ではない。お金を作り出せる人なんだ。たとえお金がなくなっても1からお金を作り出せる人。それがお金持ち。」と思えるようになったのです。実際にその本にはお金がなくても生活出来ている人の例が載っていました。その人はたまたま運が良かったのかもしれませんが、その運も引き寄せることができるような人間性を養う必要があるし、その人間性を持っている人を本当の意味でのお金持ちであるのではないかと思えるようになったのです。

だから、全部を否定はしませんが、本当のお金持ちの人はお金の使い方を本当に知っているんだろうなと思えるのです。お金をじゃんじゃん使っていたり、豪邸に住んでいる人が本当にお金持ちかといえば僕にとっては少し疑問に思える部分があります。

例えば、経済が破綻した時に生き残っていける人がお金持ちだと思うのですが、そのような人が何人いるのだろうかと少し思ってしまうのです。そうなった時に生きていけるだけの人間性を養いたい。それが僕の目標ですし、そうなった時に少しでも多くの人といろいろ分ち合って自分だけではなくみんなで生きていけるようになりたい。そんな人間になりたいとおもうのです。

あなたは、どのように感じますか?

ものさしを持ってますか

ものさしってものをはかるものですよね。あなたは自分の中にものさしを持っていますか?実は意識していないだけで誰しも持っているものだと僕は思っています。

ただ、そのものさしはどのようなものかということが重要になってくると思うのです。そしてそのものさしは自分が成長すればそれに合わせて良くもなるし、悪くもなるものであるし、時代とも絡んできたりしてなかなか難しいものだったりします。

以前、お伝えしたシンプルと複雑の関係のことを考えると複雑なんですけど、シンプルというのはここでも該当するのですが、それはまた別のところでするとして、今日はものさしをどのように作っていくかを考えていきたいと思います。

はじめものさしって、親から与えられることが多いんですよね。いわゆる家庭で言われていること、これが基準になってきます。すると親の考えなどもそこに入ってきますから、基本は家系にも寄ってきますね。ただし、これははじめだけ。自分で気がつけば、自分で再構築することができるのがものさしの良いところです。難しいのはこの自分で気づくということ。これって自分も含めてですが、なかなかできることではないですね。

気づくためには、自分の心をいつも柔軟にする必要があります。自分の行動とかを観察する心も必要です。そして、その観察した後に分析する心が必要です。分析に必要な情報を得るためには、セミナに言ったり、本を読んだりブログを読んだりする必要があります。つまり、心に栄養を与えるのと同じように、自分で判断できるように心を整えていく必要があるのです。それは、人とお話したり、教えてもらったりすることで養われていきます。だから、親でも学校の先生でも上司や先輩でもいいのです。そして、いいこと悪いこと人はいろいろ持っていますからそこからいろいろ学ぶのです。

すると、いつしか自分のものさしが出来上がりますし、常にものさしとして成長させることができると思うのです。

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あなたが感じること

返報性の法則というのをご存知でしょうか?これは、調べたらわかるのですが、人に何かしてもらったらお返ししなきゃねと思うことです。よくビジネスの世界でも出てくるのではないでしょうか?今日はそんなところから心の世界にもこの法則があるのではないかと思うので、それをお伝えしようと思います。

心の世界では良いことも悪いこともあまり関係がないと僕自身は思っています。なので、自分が感じた良いこと悪いことは、相手も同じように感じているんだろうなぁと常々思っていたのです。人はそれぞれ育ってきた環境が違いますから同じような感度ではないにしてもきっと気持ち的には同様の気持ちを感じているはずだと思うのです。

これを調べる方法は相手に聞いて見るしかないですが、なんとなく相手の言動でも感じることはできるのではないでしょうか?このことを感じたのは、結婚をした時に相手の態度とか言葉とかで自分がイラッとした時とか我慢していることがあるとか感じた時に「イア待てよ。相手も同じように感じているのでは?」と感じたところからこのように考えるようになり、今ではすっかり自分の思いとなっております。

このように考えるには相手がどう感じているかという想像力を働かせなければいけません。つまり、生きていくこと、心に主体をおいてみることというのは、想像力も必要になってくるということだと思います。これは、仕事をする上でも家庭の中でも必要なことだと思っています。

 

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自分の感情とのつきあい方

昨日は、ホワイトデーでしたね。あなたは、お返ししましたか?それともお返しをもらいました?僕はいつも頑張っていてくれる妻にお返しも含めて感謝の気持ちでパウンドケーキを送りました。

なぜ、パウンドケーキを送っているかといえば、数年前になるかと思いますが、妻が無性に食べたくなったんでしょうね。食べたいというので、それ以来パウンドケーキを送っていたのです。ですが、今年は少し違うのにしようと思っていたのですが、購入するタイミングを間違えてすごく混んでいてなかなか思うようなものが買えず、結局パウンドケーキになってしまったのです。

さて、なぜ感情とのつきあい方の話をするのにこんな話をするかといえば、このことで僕の心が怒りではないのですが、なんとなく悶々としてしまったので、そのことについて話をしようと思ったのです。

ちなみに、妻が悪いとかどうとかいう話ではなくって、自分の受け取り方で自分がこんなふうに感じてしまってその対処をこんな感じでしたよっていうことが言いたかったのです。ちょうど、そんな話もしていたし、いい機会だと思ったのです。

妻がそのパウンドケーキのことで、いろいろいうわけですが、まあそれはそれとしてそのことで僕のキモチがなんとなく下がったというか嫌な気持ちになったんです。そこで、その気持ちをノートに書いてみたのですが、一向に晴れません。なぜなら、心が自分に向いておらず、妻の言葉に向いていたからです。そうであれば、晴れるわけはないですね。だって自分の領域の中ですったもんだ言っているわけですから、基本的に自分が正しい立場でしか考えないからです。

妻が言っていることも確かに言葉遣いとかいろいろありますが、正しいことだと思うのです。そしてそれは悪いことでもなんでもなくてふつうのコト。結局僕は妻の気持ちに立ってプレゼントもできていなかったんだなぁと思い知らされたわけですが、なかなかそこにまで至らないんですね。厄介なことに。どのようにそこまでたどり着いたかといえば、家に帰る途中にビジネスの事を考えていたのですが、それと同じだと思ったのです。顧客は僕がどれだけ一生懸命働こうが結果が思ったとおりではないと評価はしてくれません。それと同じだと思い至ったのです。そして僕の考えが浅くてプレゼントに全力に思いを込めれていなかったのかもしれないと思ったのです。

でも、今日の結論はここではありません。実は、起こった事象に良いも悪いもない。すべて自分の受け取り方次第だと認識できたということがとてもよくて、でも気持ちが良い方向に向かなかった時に、どうしたかといえば自分の興味のあることを考えた時に心が良い方向に向いていったのです。そして、このように自分の自分と向き合えたのがなんとなく成長につながっているような気がして、お伝えしたかったのです。

何か自分の心に問題が出た時には、少し時間をとって自分と向き合ってみてもらえるとよいと思います。

あなたはどのように感じますか?

感情の根底にあるもの

昨日、シンプルと複雑の関係について話しました。今日はそれに基づいて感情というものを考察してみたいと思います。

感情はいろいろありますが、それが根底には2つの感情しかないと言ったら、びっくりするでしょうか?実は、僕は「感謝」と「恐れ」の2つが根底にあるのではないかと考えています。自分の場合について考えてみたのですが、怒りはどこからくるんだろうとずっと思っていました。僕は、結構怒りに振り回されるタイプでそのためなるべく怒りを表に出さないようにしているのですが、どうしても親しい人特に家族には出てしまうんですよね。で、その時にはわれを忘れてしまっていますから、後で内省して謝ることが多いのですが、ある時、自分の怒りを数学の因数分解のように紐解いてみたのです。状況を把握して、ゆうことを聞かなかったからだとか、なぜいうことを聞かないといかるのかとかずっと自問自答を繰り返し、打とり憑いたのは、恐れだったんです。多かれ少なかれ怒りとか不安、不満は、恐れから来ているような気がします。

対して、嬉しいとか楽しいとかは感謝が元にあるような気がします。実は悲しみの中にも感謝があるんじゃないかなぁと思っていました。

そして、そこから様々な感情が起きてきて、行動になり未来につながっていくのです。だから感情に流されてしまっては、せっかくの人生が自分の思うように行かなくなる可能性が高くなるというのが僕の考えなのです。

決して怒りとかが悪いわけではなくうまく付き合っていく必要があるということです。最近は心の重要性を感じているので、マインドフルネスや瞑想などの本も読んだりしているのですが、その中に自分の怒りと向き合うということが書かれていました。とっても有意義な時間が過ごせそうな気がしました。最近はあまり怒りらしい怒りを感じないので、怒りと向き合うということもあまりなくなりましたが、怒りのみならず、自分の感情と向き合う時間を取るということはすごく大事だなと感じさせられています。

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シンプルなことは美しい

シンプルなことは美しいと思いませんか?なぜなら、理解しやすいですし間違うことが少ないですし。

僕は仕事としてシステムを作っていますが、シンプルなのと複雑なのならシンプルのほうが間違いが少ないです。そこで今日は、複雑系とシンプル系の関係を考えてみたいと思います。

実は、世の中のことは大体そうだと思うのですが、突き詰めていくととてもシンプルになるんです。例えば人間の体をとって考えてみると、一つ一つの細胞はシンプルですよね。細胞膜があって核があってミトコンドリアがいてなど。それが組み合わさっていくといろいろな臓器になります。血管や胃や肝臓や脳。複雑な器官が作られるわけです。それが組み合わさって1人の人になります。シンプルな形ですよね。人間たちが組織を作りますよね。これは結構複雑だと思います。いろいろと問題が起きたり、問題を解決したり。そして、社会ができる。僕はシンプルだと思います。

このように、シンプルと複雑が入り混じっているんです。これは人間の体だけではないと思います。いろいろな切り口で見れば、ここはシンプルだけどもう少し引いてみると複雑。だけど、もっと引いてみるとシンプル。

このように考えるともしかしたら、人生もこれに似たような感じなのではないかと思うのです。問題が起こって悩んだり、悲しいことがあって悲しんだり。でもこの人生で起こってくる様々なことって実はその時にはわからないけど、後々考えていくと自分の成長につながっていくための一つの要素なのだとわかる時がくる。複雑な中にいれば複雑としか感じないことも少し距離を起き見てみると実はすごくシンプルで、明確で、そこには何かしら温かいものが存在すると思うのです。

これは、ひとつの漠然とした考えでしかありませんが、僕はこの考え方は世の中を変えるだけの力があるような気がします。シンプルであることはわかりやすく力強い。それを知ったその日から人生を大きく変える力を持っていると思うのです。

あなたは、どのように感じますか?

感情のコントロール

感情をコントロールすることは大事だと言われていますね。でも、なかなかできなかったりします。僕なんかは怒りとかは良くないと思っていました。でも人間ですから怒れるときはあっても致し方ないんですよね。そこに行き当たりました。

実は、怒っても良いんだということに気がついたのです。ただし、その怒りを感情に任せて撒き散らしてはいけないんだということです。そこからが人間どのように生きるかということがテーマになってくるのかなと感じています。

そこで、僕もやったことがありますし、本にも書いてありましたので、どうしたらいいのかをまとめてみたいと思います。以下に書くことは実際に僕がやったことです。

1.何があって怒れてきてしまったのか

僕には息子がいますが、その息子と喧嘩をしたんです。年代によって怒り方は違いますが、最近怒れてきたのは、息子に「えらそうに」と言われたことがきっかけだった気がします。常々、動き出しが遅いのですがその時は本当に遅かったんです。そして、相手の事情もわからないくせに怒ってしまいました。

2.その後何をしたか?

何日間かは息子も僕も話すらしませんでした。ずっとイライラしてましたし、僕という人間は怒ると話す気もなくなりますし、一度話さないというか話す必要がないと思うと話さないタイプの人間ですので、話さなかったわけです。

書いていても自分はなんて頑固なやつだと思います。

その間なんで自分はそんなに怒れてしまったのかを分析したのです。ノートにも書きました。今もいつも手元に持っていますので、いつでも読めますし、ああこんな時もあったなと振り返ることもあります。

そこには、喧嘩が起こった状況を事実のみ記載してあります。感情などは一切無しです。その後、その状況に対して自分の反応、特に心の反応を書いたのです。どの行動に対して自分は苛立ったのか。最終的にその状況になっていった過程を明確にできました。

ああ、そうだったんだな。では次からはこの最悪な状況になる前にもっと別のアプローチを取ろうと考えれるに至ったのです。

自分を振り返るって大事だと感じた瞬間でした。

3.その後

その息子とも今では普通に話せて一応なんとなくですが話はしてくれています。自分はまだまだ未熟なのでもっと精進しなければいけないと思うのですが、この喧嘩のあとはあまり喧嘩はしていないような気がします。

そこで、今日は僕からは自分を振り返ってみることをおすすめしたいと思います。別に喧嘩とか怒りとかに限らず、どんなときに嬉しいのか悲しいのか寂しくなるのかなど、自分を知っておくとなんとなく人生が楽になるような気がします。

あなたはどう感じますか?