お金について再考

お金について今一度考えてみたいと思います。

以前、お金をテーマにブログを定期的に書いてみようとしたことがあります。
それは、去年のことでなかなか書くことができませんでした。
結局そのままときが過ぎ今年に入ってしまったわけです。

びっくりですね。今年はコロナ一色で生活の仕方が去年とはすっかり様変わりしています。
仕事も在宅が多く、今も週2回の出社となっていてそれ以外は、自宅で仕事をしています。
そんな中なぜお金について書くことができなかったのだろうかと考えてみました。

まず、僕自身があまりお金というものに興味がない可能性があります。
もちろん、生きていく上でお金は必要ですからほしいことはほしいです。
でも、自分の中でお金って「自分の人生を生きる」ということを考えた時に
本質から少し離れている気がしているんです。

では、本質って何かってことになりますよね。
ここでいう本質というのは「自分の人生を生きる」上での本質。
それは、自分が納得して生きていく人生であり、そのような人生の中で
お金というものは本筋ではないと思っているのです。

お金が少なくても納得していれば別に問題になりません。
僕の中では、問題を解決に導くための考察を続けるということが
好きで、その場合にはとても多くの考えが浮かび、沈み、何回も繰り返し
考え、自分のものとなっていきます。
その意味でお金というものが問題になるのは、自分が納得していない場合
であり、解決に向かうためにはお金とそれに見合う価値を提供する
ということで解決できるのです。
そこからの広がりが自分の中で作ることができなかったことが
書き続けることができなかった原因と考えられます。

そして、今の時代お金をどう稼ぐかというよりもどのように生きていくか
を考える方がよりよいように感じるのです。
今の所まだ、お金を稼ぐことを考えていこうかとも思っていますが
それ以上にどのように社会に貢献できるかなぁということを考えて
みることも楽しいだろうし、広がりが出るだろうなぁ。と感じる今日この頃です。

そう、2年前の2018年に9ヶ月ほど連載で書いたように記事を書けるような気がするのです。
実際に書くかどうかはわからないですけど。

僕とお金のおつきあいはそんな感じになっているということです。
お金についてはまだ書きたいこと、書いたほうが良いことがあると思いますが、
いずれ書けるときが来たら書いてみようかと思います。

さて、あなたはお金とどのように付き合いますか。
ここまでお読みいただきありがとうございます。

声優という仕事

先日、グーニーズの35周年記念のブルーレイディスクを購入しました。

グーニーズ 日本語吹替音声追加収録版

そこで、昔テレビで放送された声優さんのものと今一般に販売されている吹替版のものの
両方見ることができましたので、その感想を述べたいと思います。

やはり、別の人が吹き替えをしたということでそれだけでも雰囲気は変わりますが、
翻訳なども少しづつ違い、その当時のものと感じ方が違いました。

まず、感じたのは翻訳なのか声優さんのイメージの作り方かはわかりませんが、
昔の物のほうが言葉遣いや語彙など全体的に優しい感じに思われました。
かと言って、一般に販売されているものが嫌というのではなく、本当に
どちらも楽しめるものになっています。

ここで改めて声優さんの仕事について考えさせられました。
アニメでも映画でも声を当てるということはかなり難しい作業だと思います。
そのキャラクターになりきるというか背景をイメージしながら
そのキャラが持っている個性を出していくという作業には難しさを
感じ、だからこそ職業としての声優というものが存在するのだと思います。
もちろん、声のイメージを整える監督のような方もいるでしょうが、
声優さんの資質に左右されるものが多いのも事実ではないだろうかと思うのです。

今回のこのブルーレイでは特に感じさせられました。
言葉の出し方でその人のイメージが変わります。
それを感じたのはグーニーズだけではなく、ドラえもんの声優さんが
交代したときにも感じましたし、最近も昔の作品と最近の作品を見比べて
同じように感じました。

昔がいいとか今がいいとかいうものではなく、その時代の背景を感じる
とても良い素材だと思うのです。
そして、声優さんの思いが乗っていると感じるのです。
僕は、どちらの作品も大好きなので声優さんがだれでも翻訳の仕方も
どちらも大きく外れているものでもなく、それぞれきちんと思いが継承されている
と考えられるので、どちらも好きですし、どちらも同じように視聴したいと
思います。

違う・違和感があるというのは、致し方ないことです。
それを受け入れるかどうかは自分次第。僕はどちらも同じように受け入れ
尊重し、作品を純粋に楽しみたいと思います。

皆さんはいかが感じられますか?
ここまでお読みいただきありがとうございます。

時間の使い方の重要性

今日は、時間の使い方について書いてみたいと思います。

最近は、世の中の動きが激しく感じられていて結構心が騒いだりすることが多くなってきています。
だからこそ、どういうことに時間を使うかということが重要になってくると思うのです。

なぜか。それは、時間の使い方によって今後の人生が変わってくるからです。
このことは多分今までの記事の中にも書かれている内容だと思います。
そして、僕が感じるほどに世の中はかなりの速度で動き出していて、刻一刻と違った状況に
なりつつあると思っているのです。

この動きの激しい中重要なことは、自分と向き合うこと。これに尽きます。
もちろん、不安なことが多い世の中です。先行きも今まで以上に不透明です。
だからこそ、余計に自分と向き合う時間をとることが大事になってくるのです。

世界情勢や周りがどうであろうとまず動かない確かに自分を構築することが
できれば、自分の人生を歩むことができるのです。
僕がテーマにしている「自分の人生を歩む」とはそのようなものです。

そのために、自分と向き合う時間を取ること。本当の自分とは何かをとことん
見つめること。それが大事であり、辛いことであり、楽しいことなんです。
実際、自分と向き合うと耳障りな考えが浮かび上がってきたりします。
その考えがどこから来たものかを追求することが大事です。

そして、自分と向き合うことに慣れて、本当の自分を見出すことができると
世の中のことも少しだけ見方が変わってきたりします。
なぜかといえば、少しだけ物事を見る枠組みが広くなるからです。
一般的に言えば視野が広がるかんじでしょうか。
テレビをとってもニュースやドラマが有りますが、その見方が変わります。
世の中の仕組みも少しわかります。

物事に必ず、理由が存在することそれがわかるようになるのです。
なぜなら、世の中は人の集まりで構成されているのですから
その中で起こってきている物事には誰かの思惑が入って来ているはずなのです。
それは、決してすぐわかるような近くの人の思惑ではなくもっととてつもなく
遠くの思惑だったりします。
そして、それが自分を生きる上ではそんなに大した問題ではないことも
わかるのです。

ここまで読まれた方は解ると思いますが、自分と向き合う時間を取ることによって
より幸せになれるということなのです。

自分の人生を生きる=幸せな人生を歩む

これが僕が人生に抱く思いなのです。
だから、どれだけ世の中が激しく動こうがあまり関係がなく
自分は心平安にした状態で人生を歩めるのです。

この段階に来たとき次に起こす行動は、自分の人生を歩んでいない人を
サポートすることです。
悩んでいる人落ち込んでいる人は多くいます。
その人たちの助けになれるように行動できるようになるのです。
そばにいるだけ、ちょっと手を出すだけ、そのような慎ましい
サポートができるようにあるのです。
なぜなら、自分というものを見出したなら、人はそれぞれで
自分を見出す必要があることがわかり、その状況から
脱するには自分で行わなければ行けないことがわかるようになるからです。

僕はこれらのことからこれからの人生において時間の使い方がより大事だと思う
に至ったのです。

いかがでしょうか。
少しでも何かの考えの足しに慣れたならうれしいです。

人生を危険に導く言葉

生きていく上で非常に重要な位置を占めているものの一つに言葉が有ります。
どのような言葉を使うかで人生が大きく変わります。
使っている言葉を聞けばその人がどのような考え方をしてどのような人生を歩むか
がわかるとも言われます。
そのように結構重要な言葉ですが、何気なく使っているのではないでしょうか。
今日は、ニュースから感じた普段使いそうな言葉で使うとちょっとやばいかも
って思う言葉についてお伝えしたいと思います。
この言葉は、裏には考え方も引きづっているところがありますから
根本的な部分のお話をできたらと思います。

<目次>
1.言葉の本質
2.良い人生と思えるために
3.まとめ

<内容>
1.言葉の本質
最近言葉について考えさせられることが多々あります。
僕はクリスチャンですから聖書を読みますが、ことばは神であったという一文が
ありますし、聖書では、神様が言葉で世の中を作ったという記述があります。
日本には、言霊というものがあり、言葉に意思が宿るというか言葉の力と
いうものを表現しています。
このようなことから、言葉には力があり、使い方によっては人生を
良くもできるし悪くもできるということが言えると思うのです。
また、自分と関係する人とのコミュニケーションとして使われることから
他の人の人生にも大きく影響を与えるものであることも理解できるのではないでしょうか。

先程も言霊というキーワードを上げましたが、言葉にどのような思いを載せるか
によって使う言葉は変わりますよね。
それによって自体が色々変わるものです。別の言い方してたら状況が変わっていただろう
と思われることもニュースを見ていると有りますよね。

つまり、言葉の使い方によって自分の人生も関わる人の人生も変わることが
予想されます。さて、ここまで考えると言葉を使うということにある程度の
責任が伴うような気がしてきませんか。

2.良い人生と思えるために
さて、ここまで辛抱強く読んでくださりありがとうございます。
タイトルの人生を危険に導く言葉とは、「この状況は〜のせいだ。」という言葉。
よく喧嘩とかでも使われるのではないでしょうか。また、経済的な困窮とか
そういった場合にもよく使われますよね。
こういった言葉の背景には、物事の責任を放棄しているという考え方があります。
つまりは、自分の人生を他の人に委ねている状況にほかならないんです。
この状況は、本当に危険ではないかなぁと思います。
自分も納得言ってないですし、そうであればどんどんストレスが溜まっていくでしょう。
となると体にも異常をきたしてきますよね。

良い人生と思えるためには自分が納得した人生を歩む必要があるのかな
と思うのですがどうでしょうか。
例えば、良い人生を上記のようなものだとすると起こってきた物事を他の人に委ねるのでは
なく、自分の責任として受け止めることだと思います。
そうすることによって自分の人生を自分で制御するという感覚が出てきますし、
その流れで「この状況は〜のせいだ」から脱却し、「この状況を打破するにはどうすればよいか」
という自分への問いかけ→行動になり、結果自分が嫌な状況から抜け出せる道に
つながると思うのです。

3.まとめ
ここで見てきたように言葉には力が有ります。この力はすぐに認識できないかも知れませんが
水が長い時間をかけて石を砕くように、後になってじわじわと効いてくる力だと思います。
もちろん、使い方によってはすぐに結果が出るかも知れません。
このことを理解して自分も自分以外の人も良い人生を送れるような言葉の選び方
言葉の使い方をしたいと思います。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
あなたの人生が良くなるようにお祈りしております。

取り柄のない人間なんていない

あなたは好きなアニメや映画ってありますか。その中には何かメッセージがあったりします。
僕が好きな映画の中でも子供の時からずっと見ているドラえもんから今日は教えられた
ことを共有したいと思います。

<目次>
1.どの映画から受けたメッセージか
2.数あるメッセージの中から一つ
3.まとめ

<内容>
1.どの映画から受けたメッセージか
ドラえもんってとても多くの映画が有りますよね。旧作(大山ドラえもん)で25作品、
新作(わさびどらえもん)で15作品(2020年夏公開作品含む)になります。
僕はどのどの作品も見ていて、それぞれに良さがあるのですが、今回は
「ひみつ道具ミュージアム」からのメッセージとなります。
本当は、この部分ってお伝えしたいのですが、ご自身で借りて見ていただきたいです。
55分辺りです。その前のくだりから色々考えさせられる流れです。

2.数あるメッセージの中から一つ「取り柄のない人間なんていない」
この作品には結構たくさんのメッセージが込められてます。
監督のインタビューの中にも色々語られていますが、
今回は「取り柄のない人間なんていない」をピックアップしてみました。

これに引っかかったのは、新作13作品目「のび太の宝島」でも
のび太くんが「僕にはなんの取り柄もない」と同じセリフを言っていたからです。
もちろん、「のび太の宝島」でもそのセリフに対する答えが示されてますし、
そんなストーリーですが、「ひみつ道具ミュージアム」のほうが説得力というか
その回答のちからがすごく強く感じたんです。

また、もう一つには芸能界に限らずですが、自死されるかたが多いことも挙げられます。
先日も僕が好きだった俳優さんがなくなられました。とても存在感が有り
芸能界には衝撃が走っていますし、そのニュースを見ただけでもいろいろな方と
関わりを持たれていた人だなぁと感じました。
人生に疲れて、絶望感に悩まされての結果なのかなぁと思います。
そこには立ち入ることを許さない何かがあるのですが、できれば
自死以外の選択をしてもらいたいなぁと思うのです。
なぜなら、自死の先にあるものが何かということがわからないからです。

「取り柄がない人間はいない」この言葉には、なんとしても生きる必要がある
そんなニュアンスを感じたんです。
自分を大切にシてもらいたいんですよね。自死するほど嫌なのであれば、
やめてしまえばいいのではないかと思うんです。
もちろん、辞めるときには正規の手順でという条件が尽きますが。
なんと言っても自分の人生、自分が納得して進む生き方をしてもらいたい。
僕は、このような報道を見るにつけ心が締め付けられるほど、
悲しくなってしまいます。
もっと身近な人ならもっとそうでしょうし、時間が止まってしまうでしょう。

そんな時に見てしまった映画の中からのメッセージ。
僕には大きく響いてしまいました。

3.まとめ
映画の中では、のび太くんが「取り柄がなくって」なんて言う言葉に
「そんなことはない。取り柄がない人間はいないんだ」とクルトくんが
返します。そしてクルトくんと師匠の話が出るのですが、
案外自分で取り柄ってわからないのかもしれませんね。

これを読んでいるあなたも他の人から見たら魅力がたっぷりなはず。
もし、「取り柄がない」とか「生きるのが辛い」と思ったら
一度立ち止まってみてぼっと考えてみるのもいいかもしれませんね。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

言葉からイメージするもの〜人間拡張から成長に至るまで〜

どのような言葉にもそれぞれイメージするものはあると思います。先日イメージを刺激された言葉をニュースで見ましたので、そこからいろいろと考えてみましたので、ここでお話したいと思います。

目次
気になる言葉
物理的なことなのか精神的なことなのか
まとめ

気になる言葉

タイトルにも記述しましたが、人間拡張という言葉をネットで読みました。そのサイトはITmediaでしたので、もちろん、物理的に機械と融合して人間の機能を拡張するということを言われていました。
<参考>
人間拡張(Human Augmentation)を考える
実は、その言葉だけのイメージで考えていたので、機械と融合なんだろうなと思いながら、人間を拡張するのに機械の力が必要なのだろうかと素朴な疑問がわきました。

もちろん、上を目指すのは良いことですから、僕も成長をすることには大賛成です。ただ、どこを目指すかということになると少し考えなければいけない事柄に変わってきます。

物理的なことなのか精神的なことなのか

ちなみに、ここに来て何ですが、前述の記事は読んでませんからここに書かれる内容は完全に僕の個人的な意見として読んでくださいね。

そもそも、人間拡張する必要はどこにあるのかということだと思います。僕は個々人の成長が鍵なのではないかと思うのです。もし、物理的に人間拡張を行い、それによってその人が大きく成長できるのであれば、それは必要だと思いますし、拡張を行うことによって歩けなかった人が歩けることになるのであれば、それはそれで良いことだと思います。

では、成長という観点で見た時に、本当に物理的な人間拡張は必要かと言えばそうではないような気がするのです。成長に限らずですが、自分がある過去の時点から成長したかどうかを知るためには、その比較する時点の状態を把握する必要があります。
そして、これから成長しようとすれば、自分の状態を知ることから始まるのです。その時にもし物理的に困難なことがあり、それを解決すれば自分が大きく成長できるのだと判断すれば、その障害を物理的にでも解決すればよいのです。しかし、多くの場合物理的解決と精神的解決(所謂心の持ちようなど)の2つの選択肢が準備されていると感じるのです。
どちらを選ぶかはその人の生き様に関わってきますから、どちらが正しいわけでもありません。選んだほうが正しい道になっていくと僕は考えています。

過去を振り返って「あのとき別の選択をしていれば」ということは誰にでもあると思いますが、それはそれとして、現在がベストであると思うことがなんとなく次のステップや成長に繋がっていると感じます。

まとめ

このように考えてからふと「人間拡張」から離れていることに気が付きました。
つまり、人間拡張については言えば、アプローチがいろいろあってそのうちの一つが機械を使うことであり、一つのことが自分を見つめることであるということが言えるのではないでしょか。
どちらにも良い点悪い点はあるにしろ、概ねどちらのアプローチも選択を誤らなければ良い方向に進んでいくものであると思います。僕は、最近は精神的な霊的な方向に傾倒していますから、僕の選択はそちらが多くなります。それは僕という1個人の生き様であるので、それはそれでよいと思います。あなたはあなたの生き様でそれぞれの選択場面でいろいろな良いと思える選択をすればよいのです。
その時に気をつけたほうが良いのは、自分のみならず周りの人たちもハッピーな気持ちになるかどうかが判断のポイントの一つになってくるということを覚えておいたほうがよいです。このようなことは、結果としてすぐに出るわけではなくて後々じわじわと効いてきますから、最終的になぜそうなたのかということを思い返したとしてもわからないことが多いものです。

あなたはどのように感じましたか。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

コミュニケーションの大事さ〜紹介の連鎖からくるもの〜

先日、地域の祭りがありそこでコミュニケーションの大切さを実感しましたので、ここで共有したいと思います。

そもそも、個人的にはあまり地元の祭りには参加しません。いろいろな理由がありますが、その一つにクリスチャンであることが挙げられます。祭りには宗教的にそれなりの意味がありますので、そんなに行く気がしないのですね。
ただ、花火が上がるからとか地域を盛り上げるためとかいろいろと意味合いが変わってきている部分もあり、本来の意味が薄れつつあるので、時々は行くことにしているのです。

そして、今年は、Mr.シャチホコが来るということで見てみたいと思い、行くことにしたわけです。
いやぁ、歌がうまいですね。流石です。聞き惚れてしまいました。
個人的には、謳っているときにはアッコさんと桑田さんが似ているなぁと思いました。

とても良いものを見させてもらったと思っています。

さて、今日の本来のお話はここではありません。
息子との友達の家がいろいろな集まる場となっていることから
息子が遊びに行かせていもらっているので、そこに迎えに行くというか様子を身に
行きました。
そこで、いつもならすぐ家に帰るところですが、ここにいたらとその家の人に言われたので
せっかくなので残っていました。

そこでは、70歳代の方とのお話で盛り上がりました。
まだまだ、現役で働いておられる方で、いろいろな経験をされている方たちが多くて
経営している人だったり、ドライバーの方だったりしていました。
そこで、話題になったのはコミュニケーションの大事さということです。
年代もあるのでしょうが、お酒の席からお仕事につながることが多いということや
50歳ぐらいから大企業の上層の方とのおつきあいができ始めたとか言う話を聞けました。
そこでは紹介の連鎖というものが根底に流れていたように思えます。

お話はそれだけに尽きませんでしたが、特に印象に残ったのは、紹介の連鎖と
コミュニケーションの大事さということでしたので、ここで共有させていただきました。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

学びのスタイル

僕が学びをするのは、何かを否定するためでもなく、攻撃するためでもない。
学ぶことによって得られる知識は、それ自体が正しいかどうかということはわからない。ただ、現時点ではそれが正しいということである。これについては、ビジネスについてもそうだし、技術・光学についてもそう。そして、枯れた技術と思われているものについては、同じであるのだ。

それゆえ、学ぶ理由というものがだんだん不明確になってくるが、それ自体はあまり問題がない。
なぜなら、学びというものは、その時点の正しいことを如何に吸収し、既存情報と組み合わせられるかもしくは置き換えられるかということを知ることにほかならないのだ。
もし、これができないとビジネスの世界ではある時点では成功しても成功し続けることは難しいだろう。

そして、僕の人生の目的は成功ではない。成功という曖昧な概念自体が僕にとってはピンとこないのだ。
では、僕が学び知識を得ているその理由は何か。自分の人生の目的は何かと問われれば、僕の持っている技術・知識を使って人を助けることにほかならない。
それは、サービスを開発することかもしれないし、カウンセリングすることかもしれないし、会話の中でふと与えることができるものかもしれない。そのいつでも不足しているピースにはめられるものになること。
これが人生の目的となっているのだ。

これを実現するには、ある程度の学びというものは必要で、日々様々な学びをするのが僕の学びのスタイル。
しかも、それにはかなり雑多なものになっている。
お金の勉強しているかと言えばビジネスの勉強をしていたり、絵の勉強をしていたり、技術の勉強をしていたり。

実は、その学びが楽しくて仕方がない。
僕の基本的な概念は、去年1年を通してこのブログに記述してきた。
これが中心の骨となり、その周りに色々肉付けをすることによって、人生をよく生きていくことができるのだ。
人生において大事であるのは、思い・感謝な心である。それを体現しつつ、周りに感謝をしつつ、学び、助けられることを
願って人生を生きていこうと思っている。

あなたは、学んでいますか。
あなたは、どのように感じますか。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

思考バイアス〜正解に導く考え方〜

最近読んだ本の中(ビジネスモデル2.0図鑑※1)に思考バイアスという言葉がありました。
※1とてもはじめの方です。ページとしたら4ページ

恥ずかしながら、この言葉の意味がわからなかったので、検索してみたらとてもおもしろいページにたどり着きました。
参考:思考バイアス 解説1

このページを見て、「ああ」と納得したのですが、つまり正しい道があると思いこむこと。そして、
正しいと思ったことはなかなか変えることができないこと。と理解しました。もしかしたら間違っているかもしれませんが。
バイアスって僕の個人的なイメージですが、道すじみたいな感じなんですよね。それで納得した次第で。
バイアスの意味

そう考えると、上記ページ「思考バイアス 解説1」にかかれている内容は、今の韓国の状態も日本の状態ももしかしたら同じなのかもしれないと思った次第で。
最近の世界情勢をとても関心がある中でこれを読むと自分も思考バイアスがかからないように気を付けないといけないなぁと思った次第です。

さて、それでは、バイアスにかからないためにはどうするかを書いてみたいと思います。

正解はないと心得る


(1)他者との関係
実は、正解ってないということをご存知ですか。そう、正解はないんです。あるのは、他者と自分の2つだけ。でものの見方は3つ。
①発生した事象:起こったことに対する事実
②自分側からの見方
③他者側からの見方
もしかしたら次のものもあるかもしれません。
③’部外者からの見方

ここにこれを上げたのは、他者との関係では正解がないということです。自分の考えと他人との考えは全く同じであることはそんなに多くありません。大筋あっていたとしても必ずあっていない部分があるものです。これを理解すれば、正解はなくて限りなく正解に近いものがあるということが理解できるでしょう。

(2)自然法則など
今は正解であるとされていても来る将来の世界では間違いである可能性は否定できません。つまり、この点についても不確実なことなのかもしれないのです。この考えを持たなければ新しい発見はできません。
実は知っているという気持ちはとても危険なものなのです。

つまり、正解はないのだという気持ちがあれば、違う意見を受け入れる準備ができ、
どちらの意見が現状にマッチするかより正解に近づくのかを検討する段階に入ることが
できるのです。

ここまで読んでいただき自分のことを振り返ってみましょう。
あなたは、思考バイアスにかかってはいませんか。

さて、これから冒頭でお話したビジネスモデル2.0の本を読み始めようかと思います。
ここまでお読みいただきありがとうございました。

道具の使い方〜ノート〜

道具は使い方によって大きく効果を発揮する場合もあるし、発揮しない場合もある。目的に従って使い方を変えると最大限の効果を発揮することができることは周知の事実です。
そこで今日は、ノートについて考えてみたいと思います。

ノートの種類


ノートにはいろいろな種類のノートがあります。無地のノート:自由帳と言われるものからスケジュールを管理するためのものやそれこそプロジェクト管理に使うためのものもあります。
そんな中でそれぞれどんな目的で使うかによってノートを使い分ければいいと思うのですが、あなたはどのようなノートを使っているでしょうか。最近僕が知ったのは、バレットジャーナルというノート術があるということです。これも一つの方法ですよね。合う人合わない人がいるとは思いますが。
その他、思考をまとめるというノートの使い方もありますから、それによっても色々と使い分けたいと思います。
そこで、無地のノートと目的に合わせて作られたノートを考えてみたいと思います。

無地のノートの使い方


無地のノートって言ってみれば枠組みにとらわれないもの。といううことは、結構自由度が高いということですよね。自由であるということは逆になかなか書くことに躊躇してしまうのが本音です。絵を書いたりするのにはなかなか良いんですけどね。さて、無地のノートで自由に書くのもよいですけど、実はそこにいろいろなルールを決めて書くのもよいかと思います。特に思考の整理などを行うためには無地のノートのほうが向いているかもしれません。

参考:マインドマップ

マインドマップなんかは情報を如何に整理するかという点ではなかなか優れているツールではないでしょうか。最近では、アプリなども開発されてどこでも使えるようになっています。
使いようによっては、人生の計画なども立てることができるかもしれませんね。実は、僕もマインドマップを使うことがあり、去年の記事を書くときには1年を通した記事の作成のときの基盤部分ではとてもおせわになりました。

目的別ノート


目的によっては、ノートはいろいろな形にして販売されていますね。ドットだったり、罫線だったり。システム手帳なんか使っていると更にいろいろなリフィルがあるのではないでしょうか。
システム手帳を考えれば、カレンダー然りですし、スケジュールが書けるものとか有りますね。僕は個人的にスケジュールの管理についてはパソコンを使ったりと紙のノートについてはうまく使えないのが実情です。なので、おすすめとかはできないのですが、自作のリフィルというか無料で公開されているリフィルを印刷して使用したりします。
ノートをあまりうまく使えない僕は、そのリフィルで試してみて使えるようなら続けて印刷とかして使用しています。

参考:pdf de calendar 2
※リフィルの無料公開サイト:僕はよく使っています。

月単位でイベントとかを管理したい人にはいいと思います。

まとめ


僕は、ノートを使うことがあまり得意ではなくて、基本的には無地の物を使います。そこに自分で日付を入れて自分の自由に任せて日記を書いたり、思い描いたことを書いたりしています。
罫線のものいいのですが、最近は無地に慣れてしまったといった感じです。それこそスケジュール管理は会社であればパソコンでしますし、家のものもスマホに書いておいたりしますから紙のノートはなくてもあまり困らないです。ノートの使いみちは頭に湧いてきた思考を残しておくためのものという位置づけですので、無地のノートが都合が良いのかもしれません。
ですが、年末が近づくに連れて来年のノートのことに思いを馳せ、いろいろ使ってみようと思います。

そもそも、ノートはツールであり、自分の目的を達成させるためのものと思っていますので、実は自分にとって使いやすいものが1番であると思うのです。それに出会うまでいろいろ試行錯誤して気持ちよく生活できるノートが見つかればとてもよいことのように思えます。

ここまでお読みいただきありがとうございました。