ものの多さと豊かさの関係

ものが多いことは、豊かさを図る一つの指標と考えている人も多いのではないでしょうか?しかし、実はものが多いことが豊かであるということはあまり正しいことではないような気がします。そこで、今日はものの多さと豊かさの関係について少しだけ考えてみたいと思います。

ものが多いということ

人間にはもしかしたら人生においてものを持つ量が決められているのかもしれません。ものを多く所有すると空きがないため、徐々に持つことができなくなる可能性があります。更に、ものが増えてくると心がものに支配されるようになります。ものに支配されるとは次のようなものです。
夜寝ている時に、ものが亡くならないか心配。どうやって物を増やそうかと考える時間が多くなる。ものを共有することができなくなる。などなど。
なんとなく経験ありません?

このような状況になってくるとなんとなく自分としても幸せ度合いが低くなるような気がしています。
ものが多いということは物質的には豊かかもしれませんね。でも心とか精神とか言った部分においては豊かなのかと問われればそうではないような気がします。

かと言ってものが多いことと豊かなことがなんらかの関係を持っているかといえば…

個人的には持っていないような気がします。なぜならものを多く持っている人でも心が豊かな人もいるからです。豊かであるということは心の面が重要なポイントであり、ものを持つことによって心がどのように傾いていくかが重要であると思えます。

あなたはものを持つ理由を考えたことがありますか?
それが利己的なものか利他的なものかであなたの人生が変わります。
また、外から見ただけでは利他的か利己的かは判断できません。他人には他人にしかわからない思いがあるからです。これが自己責任の本質です。

あなたはどのように考えますか?

ここまでお読み下さりありがとうございました。

貧乏でも豊かな可能性

貧乏でも心が豊かな人は存在します。そんな人は不幸ではありません。では、なぜ心が豊かなのかということを検証してみたいと思います。

貧乏であるということは、一般的にはものが少ないし、持っているお金が少ない場合を指すことが多いと思います。テレビなどドラマで貧乏ということを表現すると、服はボロボロ、食べるものも困っているなんて表現を浸かっているものがあります。
そこまでではなくても、入ってくるお金がすぐどこかに消えてしまう。お金の使いみちが決まっている場合には自分が使えるお金の範囲が少なくて、貧乏だなぁと感じる人もいることでしょう。

そんな中幸せかと聞かれて幸せであると応える人がいることは事実でしょう。それはなぜでしょうか?それはものに執着していないからではないかと想像します。幸せの基準がものやお金ではないのです。
ということは、自分が幸せであると感じる部分を心に持っていればそれで人生を謳歌することができるということです。

人はどうしても目に見えるものの多さやお金の多さなどで人の幸せ度合いとか判断しがちですが、実は大事なことはそこだけではなく、どのような心持ちで生活するかだということです。
同じ事柄でも受け止め方次第で人生が変わりますから、たとえ今貧乏でも心が豊かな人のところには人が集まりお金や物も集まる傾向にあると思うのです。

僕は個人的に人生はどこからでもやり直しが聞くと思うのですが、その理由は上記のことからなんです。ただ、早く気づいて早くそのような心持ちで生活できるようになればなるほど早く幸せになる可能性はありますよね。というか心持ちを持った時点で幸せなんですけど。

あなたは、この記事を読んでどのように感じますか?

ここまでお読みいただきありがとうございます。

豊かさとは何か

豊かさとは何かを1ヶ月を通して考えてみたいと思います。

あなたは、豊かさと聞いて何を思い浮かべますか?大きな豪邸?たくさんのもの?お金?たくさんの友達?
人によって豊かさの感じ方は様々です。だから、どれが正しいということはありません。ただここでは話をすすめるために豊かさの定義をしないといけないと思っています。
そこで、豊かさとは自分の人生を生きていることと定義します。それは、不平や不満がなくかつ不安もないそのため周りの人には優しくできるといった感じです。

この状態をベースにして今後は本当に豊かになることを考えていきたいと思います。

今日は、お金持ちと言われている人が本当に豊かなのかということを考察して終わりたいと思います。
あなたはどのように思いますか?お金持ちの人は確かにお金もたくさん持っているし、いろいろな面で豊かといえば豊かですね。でも、先ほど定義した豊かさ「自分の人生を生きる」という面で考えた場合についてはお金持ちと言われている人すべてが唄化であるかといえばなんとなく違うのではないかと思えるのです。中には自分の人生を合うんでおられる方もおられると思うのですが、幸せを感じておられるかを考えた時にどうなんだろうかと思います。
結局自分の人生を歩むとは自分に責任を持って生きること、そして何者にも縛られずに生きること(それはお金にもものにもという意味です。)であると思います。

人間とはものが多くなればその分それに縛られる傾向があります。なくなったら不安とかあると思います。お金もあればあっただけなくなったらとかまだ足りないとかそこに縛られる可能性は高いですね。

その意味で豊かであるかといえばなかなかそうであると言い難いのかなあと勝手に想像してしまいます。

なかなか難しい問題ですね。
では、お金持ちでない場合にはどうなのか来週考察してみたいと思います。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

2018年7月のテーマ

今月は、以下の2つをメインのテーマとして取り上げたいと思います。

1.月曜定期:自分の感情を知る

感情は自分とは切っても切れないものです。そこで自分の感情とはどのようなものかを考えて、うまく付き合っていくにはどうするかを見ていきます。

2.木曜定期:豊かさの本当の意味

本当に豊かであるということはどういうことか。お金を持っているのでもない、ものが多いのでもない。ではなんであるかを1ヶ月を通して考えてみたいと思います。

結局の所、結果を得るためには思いが大事

今月は、原因と結果の法則からお話をしてきましたが、結局行き着くところは思いであると思っています。
今日はそのことについてお話して今月のテーマは終わりにしたいと思います。

先週は結果に至る道は一つではないとお話しました。そこでお話したかったのは、行動によって感情や思いが変わって結果に繋がることもあるということでした。もしかしたらうまく伝わらなかったかもしれません。
これを受けてやはり結果と思いはとても密接に関係していると思うのです。行動に起こすというのはやはり思いがあってのこと。だから、ある決kにつながっていく。

世の中の出来事がなぜ起こったのかというのは、関係した人の思いが行動になり、いろいろと作用して様々な感情が動き出し、結果へとつながっていく。だから、なぜその出来事が起きたかを理解することは難しいのです。関係したいとの背景を知る必要もありますし、何を考えて生きてきたかが重要な要素になりますから、そこを知ることができるかというとできないんじゃないかなぁと思うのです。

これが世の中の成り立っているルールであり、所謂一切の妥協がないシステムとしては美しい程に徹底されたものです。僕達はこのことを理解して生きていかなければ、翻弄されて生きていくことになるだろうと思うのです。
僕が今月このテーマを選んだのは、「思い」をしっかり持つことが非常に重要であり、自分の人生を生きていくうえでとても大事な要素の一つと考えているためであり、ここをしっかりと伝えたかったのです。

あなたは、どのように考えますか。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

結果を得るための道は1つではない

結果が得られるための原因は、1つではありません。原因と結果の法則から考えると思いが原因となって結果が現れてくることは事実ですが、実はもうひとつ行動による結果というものもあります。この行動の根底には思いもありますが、何よりも物理的な行動が結果につながってくるということは誰もが経験することです。

ここから考えるに、思いという目に見えない精神的な原因と行動という物理的な原因の2通りのスタート地点があり、それが結果につながってくるということがわかってきます。
人ひとりを対象に考えれば、このように単純になりますが、世の中の出来事を結果として考えると、これだけではなく、この流れが様々にからみ合って難しい状況を作り出していきます。そして、世の中の出来事が起こってくるわけです。

そのため、なぜあんなことが起こったのかということを考えた場合には、それぞれの流れを紐解かなければならず、更には今後よい方向に向けていくためには、それぞれの思いを理解する努力をし、そのようになっていった経緯を想像する必要があると思います。
そして、関わった人すべての人に寄り添って物事を考えることによって、結果も良い方向に進むためのものになっていくと思うのです。

あなたはどのように考えますか?

世間で起こっている出来事

先週は原因と結果という観点で出来事を考えてみました。今日は、心という観点で世間で起こっている出来事について考えてみたいと思います。

<アジェンダ>
1.心は畑の土地に例えることができる。
2.心に蒔かれる種は何か
3.まとめ

<内容>
1.心は畑の土に例えることができる。
畑を使って作物を作っている人は知っていることですが、畑の土はとても大事なものだそうです。そのため、土作りを慎重に行うと聞いたことがあります。それによって作物の出来が大きく変わってくるのです。
人の心はこの畑の土に該当します。畑の土のように心を整えることによって人生で起きてくる様々なことを良くも悪くもできるのです。では、心をどのように整えたら良いのでしょうか?1つは、本を読むことによって心を豊かに育むことができます。肉体は食事を取ることによって整えられていきますが、心の食事と言えるものの一つが本を読むことです。本も良い本からそうでもない本があります。
本を意識して選ぶことによって大きく成長することができるのはこのためです。
また、瞑想をしたりするのも良いと思います。心に良いと思われることはなんでも行うと心がより豊かになっていくことが実感できます。そうしてできた心は何者にも代えがたくより良い人生を送るために強くなっていくものです。

2.心に蒔かれる種は何か
心が畑の土であるとするならば、そこに蒔かれる種は何でしょうか?これは人からの言葉だったり、起きてくる出来事だったり様々なものです。自分が行動すると周りに種を蒔いていることになりますし、また自分にも種が蒔かれていることになります。
また、人から受けたこと出来事も種の一種です。
人は受けたことを心が受け取りそれを自分の中で成長させて行動や自分の考えに反映させたりします。
良い物を蒔けば良い物ができてくるし、悪いものを蒔けば悪いものができます。そう考えると自分の行動や言葉を良い物にしようと思えますし、人から受けたことを悪く受け取るのではなく好意的に受け取ればより良い人生が送れるのはこの概念に起因しています。

3.まとめ
心を整えること、自分の言葉や行動、考え方を良いもので満たすことは良い人生を送ろうとすれば、大事なことだと思います。このような大事なことが当たり前のように知られていないのは、人には自由意志があり、自分で様々なことを選択していくことができるようになっているためです。世の中はこのような集まりになっていますから良いことが合ったり、悪いことがあったり様々なことが起こってくるのです。
これは面白いといえばそうなんですが、人生を通して自己成長が必要であるのはこのようなことが考えられるのです。
これをベースに世の中を見てみると少し違った世界が見えてくるような気がします。

今日は、ここまでとしたいと思います。
では、来週にお会いしましょう。
ここまでお読みいただきありがとうございました。

結果はどこから来るのか

ジェームス・アレンさんが書かれた「原因と結果の法則」という本があります。今月はこの本からお話を進めていきたいと思います。特に今日は、実際に現実に現れている様々な出来事があると思いますが、それを結果とするとその原因は何かという点について考えていきたいと思います。

<アジェンダ>
1.結果はどこからくる原因で現れてくるのか
2.結果の予測が不確実になる理由
3.まとめ

<内容>
1.結果はどこからくる原因で現れてくるのか
現実に現れる出来事は、ほぼ人が関係しているものになります。そのため、出来事の背景には人の思いが良くても悪くてもあるということを理解しなくてはいけません。
では、現実に現れてくる出来事を結果とすれば、どこに原因があるのかということが気になります。実はこの結果についてはそこに至るまでにいくつかのポイントがあり、それぞれを線で結び合わせると全体像が見えてくるのですが、一番近いポイントを原因の一つとするとそれは思いであると言えるのではないかと考えています。
出来事に関係した人の思いが、直接的な原因と考えられますが、もしこの原因を理解したいと考えた時には、その思いに至る傾向がなぜその人にできてしまったかということを考える必要が出てきます。その人はどのような思いで生きてきたのでしょうか?実はこれが「原因と結果の法則」に書かれている内容の一つになっているのです。

世の中は、人と人の繋がりで出来ています。そのため、人がどのような思いで生きてきたかによってコミュニケーションの質が変わってくるのです。それは、その人の雰囲気とか態度とかに現れますし、言葉にも現れます。そこで、人の背景を知らなければある出来事がトラブルになっていくことがあるのは事実ですし、避けようがないことなのかもしれません。

個人的に言えばやはり、結果というものは良い場合も悪い場合も人の思いでできており、それは常日頃どのような思いで過ごしているかに掛かって来る気がするのです。

2.結果の予測が不確実になる理由
結果が予測がつかないのは、往々にして人が関係している場合においてです。なぜならば、先ほど話したとおり、人には背景があっていろいろな状況で人の反応が変わるからにほかなりません。同じ出来事でもその時々で反応が変わるのも人の特性です。なぜなら、人には成長というものがあり、毎日が違うからでもありますし、人には感情があり、日によって心の状態が違うからです。
僕達が行っているコミュニケーションというものはこれだけいろいろな状況があり、リアルタイムで対応していかなければいけないのですから難しいのは当たり前ですね。でもなんとなく出来てしまえているというのも人間ですからそういう意味でも僕達は素晴らしい存在なのだということを理解したほうがいいかもしれません。
何は、ともあれ予測は難しいために、不確実になってしまうのですね。

3.まとめ
原因と結果は密接な関係があります。それに至るには僕達の日々の生活でどのように過ごすかにかかってくるということを今日は考えてみました。いかがでしたでしょうか?次回は、この話を受けて実際の出来事が起こる本筋の流れについて話してみたいと思います。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

2018年6月のテーマ

5月のテーマはいかがだったでしょうか?それぞれに感じることがあったと思います。6月は5月の内容も受けつつ、別の観点で考えを広げていきたいと思います。

1.月曜定期:自分の価値とは

自分の価値(ある本ではコアバリューと書いてありました)を実際に考えることにより更に自分の理解を深めていこうと思います。

2.木曜定期:原因と結果の本当の意味

5月の2つの要素の観点から「原因と結果の法則」(ジェームス・アレン著)の意味するところを考えてみたいと思います。

「原因」と「結果」の法則
「原因」と「結果」の法則

見える世界の隠された部分

先週は、見えない世界の力について考察しました。本日は見える世界にある隠されている部分について考えてみたいと思います。この部分については、世の中を見る上では重要かもしれませんが、個人の人生においての重要度という点では個人的にはあまり重要ではないと思っていることをお伝えしておきます。

<アジェンダ>
1.見える世界の中で隠されている部分
2.目的に沿った行動は人間の本質
3.まとめ

<内容>
1.見える世界の中で隠されている部分
見える世界でも一般の人が見えない部分が存在します。特に日本に在住している場合に世界で起こっていることが把握しにくいということがあるようです。それは、宗教観も違うこともありますが、巧みに隠されているのが事実ではないでしょうか?ある目的のために組織を建前に使ってというのは映画とかドラマでもよくある話ですがもしかしたら現実にもそのようなことをしている可能性は否定できません。
日本国内でも情報統制などと言って圧力をかけて報道の仕方を操作したりということはあります。この方法は昔から存在し、手段もいろいろです。人々を目的に向かわせる方法に至っては本当にいろいろな方法を取られてきていると感じます。唄やお伽話や教訓などは指導者が奥使う手ではないでしょうか?
このように目に見える世界でも隠れている部分が往々にしてあるのです。このことは、心に留めておくべきことだと思います。

2.目的に沿った行動は人間の本質
目的に沿って行動するのは人間が持っている能力の一つです。それを更に上手く使って人々にそれとさとられずに目的に向かわせる方法というものがあるのです。これが見える世界の力と言えるのではないかと思います。みんなの力を一つに合わせることによる目的の達成。これはかなり強力な力だと思います。
ここで、僕はあなたに一つの質問をしたいと思います。テレビってなんのためにあるんでしょうか?娯楽なんでしょうか?それって本当でしょうか?
個人的には僕の時間を取っていくものの一つにしか思えないのです。僕は起業家志向が強いので、いろいろなことをしたいと考えていて時間が足りません。テレビを見ているのが惜しいぐらいです。なので、基本的にテレビって見ないんですけど、見なくてもあまり困らないんですよね。僕の周りの人もあまりテレビを見ない人が多いです。最近ではそういう人も多くなってきているのかもしれません。であれば、本当にテレビってなんのためにあるのかなぁなんて考えてしまうのです。もしかしたら。。。

3.まとめ
さて、今日のお話と先週のお話を合わせると見えない世界の力と見える世界の力が合わさるとかなり大きな力になるなぁと感じるのではないでしょうか?このような観点で世の中を見ていくとなんとなく景色が今まで見ていたものと違って見えると思います。
あなたもぜひ別の視点で物事を見ることをおすすめします。

次回から、原因と結果の法則という本に関連して少し考察を進めてみたいと思います。